真実を知りたいー4

エスタブの欺瞞が許せないので、頑張るしかないのです。

ブルース・カミングスとドミノ理論

iyahaya

 朝日新聞は、”新語・流行語で探る 中国 「鍾一平」”というる連載をはじめました。そこには、”注目のワードで中国のいまを探る連載です。”とあります。こういう企画に基づく記事は、読者を中国嫌いにし、中国敵視の政府の方針を後押しすることにつながると思います。

 そしてそれは、ブルース・カミングスが「朝鮮戦争の起源」で明らかにした、第二次世界大戦終了間際の対ソ戦略に基づく反共主義の戦略に端を発する西側諸国の基本方針なのだろうと思います。

 搾取や収奪によって栄えた西側諸国は、搾取や収奪を受け入れようとしない社会主義政権の拡大を恐れ、社会主義政権の国との戦争をくり返してきました。

 朝鮮戦争に続いたドミノ理論に基づくベトナム戦争が、それを象徴していると思います。

 だから、朝日新聞の連載は、国連憲章やユネスコ憲章に反すると思います。

 国連憲章前文には、国際社会は、二度の世界大戦を経験し、”戦争の惨害から将来の世代を救い”、”基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認”したとあります。

 また、ユネスコ憲章には、

”戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。

 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。”

 とあります。二度の世界大戦を経験して、人類が辿り着いた結論だと思います。 

 その結論を自らの利益のために、無視しているのは誰か。その答えは、戦後の歴史が語っているのです。

 戦前、アジアやアフリカ、中東や中南米で他国を植民地とし栄え、戦後も、圧倒的な経済力や軍事力を背景に、新植民地主義的支配で利益を吸い上げてきた西側諸国は、資本主義経済の搾取や収奪を止め、乗り越えようとはしていないと思います。80年前の戦争を語り継ぎ、戦争に反対する姿勢を示している朝日新聞も、実は、国連憲章やユネスコ憲章の精神に反する中ロ敵視の記事を掲載し続け、新たな戦争を意図する戦略を支えていると思います。

 そして現在、ロシアや中国を敵視する西側諸国のひとつである日本は、すでに中国と、事実上戦争状態に入っているような状況にあると思います。

 下記のような記事がそれを示していると思います。

”Exercise Freedom Edge 2025  04 September 2025

From U.S. Indo-Pacific Command Public Affairs

CAMP H.M. SMITH, Hawaii — In July, Japan, Republic of Korea, and the United States approved the plan for the upcoming Freedom Edge 25, the premier trilateral, multi-domain exercise between the three nations, which demonstrates the countries’ shared commitment to collectively achieve and maintain peace in the Asia-Pacific.”

https://www.pacom.mil/Media/NEWS/News-Article-View/Article/4294334/exercise-freedom-edge-2025/

”エクササイズ フリーダム エッジ 2025   2025年9月4日

米国インド太平洋軍広報部より

キャンプ・H.M.スミス、ハワイ — 7月、日本、韓国、米国は、アジア太平洋地域の平和を共同で達成し維持するという両国の共通のコミットメントを示す、三国間の主要な三国間マルチドメイン演習であるフリーダム・エッジ25の計画を承認した。”(機械翻訳)


 また、欧米主要国首脳が不参加で、日本政府も代表を送らなかった「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」に、元首相の鳩山由紀夫氏が参加したことに対する厳しい批判の声にもあらわれていると思います。こうした敵対的な考え方が、戦争をもたらすのだと思います。

 下記は、「沖縄について私たちが知っておきたいこと」高橋哲哉(ちくまプリマー新書)から”「日毒」という言葉”を抜粋しました。

 明治時代の話ではありますが、こうした事実は、きちんと語り継ぎ、国連憲章やユネスコ憲章の精神に基づく政治を求め続ける必要があると思います。

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             第一章 沖縄の歴史

                           二 人類館事件

 人を展示

 「琉球処分」後、1903年(明治36年)に、第5回国内勧業博覧会が大阪で開催されました。万国博覧会は、世界中の国々が参加して、その時々の産業や文化を展示するものですが。内国勧業博覧会は国内で「勧業」、つまり産業を活発化するために行われた展覧会です。万博の国内版みたいなものといってよいでしょうか。第5回の大阪では、海外からの出品物も多く、盛大なものだったようです。

 この博覧会のパビリオンの一つに「学術人類館」がありました。「東京人類学会雑誌」に掲載された「人類館解説趣意書」には、こう書かれていました。「有志の者相諮り内地に最近の異人種即ち北海道アイヌ、台湾の生蕃、琉球、朝鮮、支那、印度、爪哇(ジャワ)等の七種の土人を傭聘し其の最も固有なる生息の階級、程度、人情、風俗、等を示すことを目的とし各国の異なる住居所の模型、装束、器具、動作、遊戯、人類、等を観覧せしむる所以なり」。アイヌ、台湾原住民、琉球人、朝鮮人、中国人、インド人、ジャワ人などの「異人種」を「七種の土人」と呼び、それらの人々を「内地」に連れてきて「展示」し、生活や風俗のありさまをまるで見せ物のように「観覧」させるというのです。

19世紀後半以降の欧米では、今日「人間動物園」(human zoo)と呼ばれる催しが流行しました。アフリカの人などを「未開の野蛮人」と見なして人びとを動物園の動物のように展示し、好奇の目で見て面白がっていたのです。その根底に「文明と野蛮」という植民地主義的・人種差別的価値観があったことは明らかです。大阪の人類館事件は1903年のことですから、日本人が早くもそのような「文明国」の意識を持ち、周辺諸民族を「遅れた」「未開の」人びととして見下していたことに驚かされます。

 見せ物にされた人びとの写真が残っています。「琉球の貴婦人」として紹介された女性2人は那覇の「ジュリ」(遊女)だったとされていて、最前列左の2人と思われます。

 これに対しては清、朝鮮、そして沖縄からも激しい抗議の声が上がり、それぞれの展示が中止されます。沖縄の知識人、太田朝敷(オオタチョウフ)は琉球新報紙上で、学術の美名を借りて利益をむさぼるものと批判しましたが、一方では、琉球人を台湾原住民やアイヌと同一視することほどひどい侮蔑はないと憤りました。琉球人は沖縄県民としてすでに大日本帝国の立派な一員、文明人であって、遅れた周辺民族と一緒にすべきではないという意識が生まれていたのです。帝国「内地」の人間が琉球人を見下し、琉球人が帝国の一員として他民族を見下すという差別の序列ができあがりつつありました。