無責任な高市政権の積極財政
高市首相が掲げる「責任ある積極財政」というのは、私に言わせれば、「無責任な積極財政」です。高市政権の国債に頼る財政は、誰にも責任が取れないと思うのです。日本の少子化は進んでおり、人口減少が止まりません。おまけに、人口に占める高齢者の割合がが増え、現役世代の割合が急減しているうえに、その現役世代の実質賃金も低下傾向にあるのです。
だから、借金を返す見通しなど、立たないと思うのです。
日本の世帯収入は90年代前半がピークで、 以後ほぼ停滞していると言われています。
1986年に成立した男女機会均等法をきっかけに、女性の就業率が高まり、共働き世帯が増えたにもかかわらず、世帯収入が停滞しているということは、労働者の搾取・収奪が強化されている結果です。
日本の世帯の共働き化は、世帯主1人の賃金では支えきれないために、進んだという面があったのだといっても過言ではないのです。そして、共働き世帯でも、2人、3人の子どもを育てるのは容易ではなくなっているために、少子化が進むのだと思います。児童のいる世帯自体が急減し、多くが子どものいない世帯になってしまった日本が、確実に豊かさを取り戻す道はひとつしかないと思います。それは、「積極財政」ではなく、ニューヨーク市長になったゾーラン・マムダニ氏の主張したような社会主義的な政策を進めることです。
東京商工リサーチによると、2025年の介護事業者の倒産・休業・廃業は829件で過去最多となり、その約7割が訪問介護だといいます。特に、人口減少が著しい地方では、訪問介護の消滅は地域社会の存続に関わる事態だと、2月6日の朝日新聞は伝えています。
介護保険料を払い続けてきたのに、サービスが受けられないということもあるということです。
そんな現実を、格差拡大に目をつぶる高市政権の積極財政で改革できると思えません。
だから、際限なく搾取・収奪を追及し、限界に近づくと、他国の富にさえ手を伸ばす資本主義経済という怪物に対峙する必要があると思います。
高市首相は、先だって台湾有事に関し、「戦艦が使われ、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」ということで、「共に活動する米軍が攻撃されているのに日本が何もしなければ、日米同盟は崩壊する」と述べましたが、日本が武力行使を主体的に判断するのではなく、アメリカの判断に従って、武力を行使するという、一種の「主権放棄」の主張だ、と私は思いました。
アメリカのトランプ大統領は、資本主義経済という怪物の正体を、国際社会に暴露していますが、そのトランプ政権の一番弟子として仕えようとする高市政権も、日本の資本家(富裕層)と一体となって、労働者の搾取・収奪に加担する怪物であると、私は思うのです。
下記は、「パナマを知るための70章」第2版 国本伊代編著(明石書店)から、「第34章 高まる反米運動」の「主権をめぐるパナマ人の闘い」を抜粋しました。
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Ⅴ 米国がつくったパナマ運河とパナマの運命
第34章 高まる反米運動
★主権をめぐるパナマ人の闘い★
パナマとアメリカが1903年の運河条約をむすんだ直後から、運河地帯の主権をめぐるパナマ人の反米闘争始まったと言える。運河と運河地帯が事実上アメリカの保護領であることは、どのパナマ人の目にも明らかだったからである。アメリカ側からすれば、積極的な海外進出を行う上でパナマ運河地帯は最重要の拠点であり、決して手放すことができないものであった。
たしかに、アメリカはパナマ人にたくさんの恵みをもたらした。運河地帯の形成に伴い、熱帯病の駆逐、水道網の拡大、アメリカの資金による教育施設や交通網の整備など、パナマ市民の暮らしむきが向上する変化が起こったことは事実である。また、アメリカ経済の影響下でパナマ国内にドルが流通していることは、海外の投資家やビジネスマンからすれば、他の中南米諸国にしばしば起こるインフレの抑制を意味した。強大な米軍基地の存在もパナマの政情不安を回避する決定的な横式のように思われた。すなわち、アメリカの存在がパナマに海外からの投資を呼び込む重要な要素にもなっていたのである。
それにもかかわらず、アメリカの存在を嫌悪するパナマ人が跡を絶たなかったのは、運河地帯において、「あたかも主権者のように」振るまうアメリカ人を目の当たりにしていたからであろう。パナマ人の多くが貧困に苦しむなか、英語を話すアメリカ人が本国のライフスタイルをそのまま運河地帯に持ち込み、豊かな生活を送っている光景も、パナマ人の嫉妬心を増長させたに違いない。運河地帯を「自国領土」とみなすアメリカは、自らの裁量でパナマ人に課税し、この地における通行を制限したうえで通行税を要求するなど横暴に振るまった。
さらにアメリカの「主権者」のごとき行動は、第一次世界対戦後、運河地帯の枠を越えて内政干渉というかたちでパナマ社会に及ぶようになる。1925年、 腐敗政治で知られるロドルフォ・チアリ政権に対し、市民の反政府運動が高まった。このとき、窮地に立たされたチアリ政府は米軍の出動を要請し、米海兵隊が10日間にわたってパナマ市内を占領するという事態に陥った。これこそ、アメリカがはじめてパナマに対して大々的に行った直接的な武力介入である。この多数のパラマ人が殺傷されるに至った事件を機に、パナマ人によるアメリカへのパナマ運河返還の要求が組織化された運動のかたちをとるようになった。
こうした反米主義に基づく米軍基地の追放運動にもかかわらず、日独伊の三国が攻撃的な膨張政策をあらわにし、世界が第二次世界大戦の影におびえるようになると、むしろアメリカは運河地帯の外側に基地を拡大するようパナマ政府に求めていった。米軍は運河防衛のため、運河地帯の外側に新たな米軍基地を租借し、自国が他国と交戦状態に陥ったとき、パナマも自動的にアメリカ側に加勢することを要求し、これに沿うかたちで両国の間でケロッグ・アルファロ条約が締結されたのである。
しかし、これに反対する市民運動は凄まじい盛り上がりを見せ、結局政府はこの条約の批准を見送ることになった。こうした歴史の潮流のなかで、アリアス兄弟が政治の舞台に登場し、1936年、「運河地帯におけるパナマの主権」を明示したハル・アルファロ条約が締結されるに至ったのである。この事件によって、反米主義的なパナマの民衆運動が、もはやパナマ政府やアメリカの政府にとって無視できない巨大な力を秘めていることが、世界に知らしめられたのである。
しかしながら、第二次世界大戦が勃発すると、戦時の「特別措置」を理由にアメリカはなかば強引に運河地帯外の基地租借をパナマ政府に認めさせ、戦後も冷戦下における共産主義陣営との対決を理由に基地の存続を求めた。そして、デラグアルディアの親米路線を継承したエンリケ・ヒメネス大統領は、1947年、反発する議会をおさえてこれを受託したため、米軍はリオ・アト空軍基地を含む14の基地の貸与期間を延長することになった。
ところが、ヒメネス大統領がこの協定を批准しようとしたところ、これに抗議する市民の怒りが再び沸点に達し、議会は1万人にのぼるデモ隊に包囲されることになった。こうした市民の激しい反対運動に直面し、ついにパナマ議会は米軍への基地貸与協定の批准を見送ることを余儀なくされ、運河地帯以外のパナマ領内からアメリカ軍基地が消滅することになった。この「1947年の勝利」は、パナマの大衆的な反米運動がはじめて大きな成功をおさめた歴史的事件だと言えよう。
意気あがる反米的パナマ人をさらに勇気づけたのが、エジプトにおけるスエズ運河の国有化事件であった。ナセル大統領率いるエジプトの民族主義者たちが、パナマ運河に匹敵するこの世界的に重要な運河をイギリスの手から奪還したというニュースは、パナマ人のパナマ運河に対する主権式をさらに強化することになった。逆にアメリカは、この影響をおそれてパナマに対して以前よりも強硬な姿勢をもって臨むようになった。アメリカが公式的にパナマ運河におけるパナマの主権について明言したのは、1959年、アイゼンハワー大統領によってであるが、それまでパナマの運河地帯における主権の問題は曖昧にされ続けた。
こうした反米主義運動は、のちに顕在化するパナマ人のナショナリズム運動について考えるうえできわめて重要な歴史的意義を有している。パナマ人にとって国のもっとも重要な施設である運河を奪い、自国の領土を「飛び地」に変えたアメリカの存在をどのように認識するかということが、彼ら自身の民族アイデンティティと切っても切り離せない問題だったからである。
(小沢卓也)
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